風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2008-02

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建築家訪問記 -和歌山の芦辺留美さん-

 和歌浦の家
 芦辺邸11・和歌山市0710-2-65-400

       芦辺邸22・和歌山市0710-2-65-300


    和歌山市に元気な女性の建築家がいる。
   和歌山を嫌う理由は何一つないのだが、行く機会が少ない県の一つ
   である。その和歌山市の駅から少し遠い和歌浦という所に彼女のアトリ
   エ兼住まいができたというので見に行った。
   大分前から彼女とは顔見知りだった。家は街道から少し入ったところにあ
   った。彼女の家の前と隣りに、建築家作品と判る家が2軒あり、合わせて
   3軒が良質な住宅展示場を見るような感じである。その中では彼女の家が
   最も見栄えが良かった。
    尖がった自己主張もなくまろやかでセンスも良い。引戸を滑らせてシー
   ンを変える楽しさもある。大きさも私には好ましく、エントランスの少しの
   複雑さを除けば、小住宅として完成度は高かった。
    この時、私は2軒の住宅の撮影で西に向った。1軒は芦辺邸、もう1軒は
   兵庫県芦屋にある山邑邸(設計・F.L.ライト/国重文)である。
   山邑邸は、ライトらしく過剰な装飾で退屈せず撮れたが、少し胃にもたれた。
   リートフェルトのシューレーダー邸(オランダ/世界遺産)やコルビュジェ作
   品の方が撮っていて性に合う。芦辺邸と山邑邸のどちらに住みたいかと問
   われれば、芦辺邸である。広いガラス戸からの陽光を感じながら、2階の一
   角で原稿を書いたり、写真を整理しながら日々をすごしたい家、芦辺邸は
   そんな家である。
    ファサードを撮っていると、彼女のお父さんが見えた。温厚な感じの方で
   ある。この父にしてこの子あり・・と思う。仕事は人柄・・それを大切にする
   施主、建築家の結びつきは良質の家を生む。
   芦辺さんに会えばそう思うはずである。


    :宮本和義

  写真の作品紹介
     設計事務所をもっと身近に、ひとが集う家、町に開く家をコンセプトに
    造られた家である。前面道路から木製ルーバーを通して、内部の様子
    がうかがえる。内土間を上がってすぐは、住居としてのDK兼打合せ
    コーナー。引き戸や障子を使い、緩やかに空間を仕切れるようにして
    プライバシーを保てるようにされている。リビングは吹き抜けていて、
    アトリエと寝室のある2階へは空間に取り込まれるようにオープンな
    階段で上がる。

    :atelierM5

  芦辺留美さんの事務所    アリス設計工房     和歌山市和歌浦東
  連絡先 TEL:073-448-5721 


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Kazuさんの近代建築スケッチブック -第8回-

  旧中島病院本館  中島病院記念館・津山市0707-450-270


   □ 岡山県津山市田町         1917(T6)     設計/池田豊太郎
     木造2階で正面にドームを配し、屋根や窓の細かい意匠を持つ欧風建築。
    津山に限らず全国的にみてもユニークな医院建築である。津山は津山高校
    本館や作州民芸館(旧土居銀行)など優れた近代洋風建築があるが、津山
    といえば私は中島病院本館を思い出す。

 

百町百景-集落を歩く- 「有松」 第9回

「有松」

    絞り染めの間の宿                 愛知県名古屋市緑区

  有松02・名古屋市0503-400-270


     有松は、慶長13年(1608)に開かれた宿場町である。
    それまでのこの辺りは、追剥ぎが多く出没する危い場所だったという。
    伊勢参りなどの旅人たちの休憩のために、尾張藩が間の宿(あいの
    しゅく)として、鳴海宿と池鯉鮒宿(知立)の間に宿場を作った。
    茶屋宿なので五十三次には入っていない。藩の奨励で、阿久比村か
    ら移住した人々の一人、竹田庄九郎が絞染めを考案、藩のバックアッ
    プもあって名産品となり、その名は全国に知られるようになった。竹田
    庄九郎は、農業の副業として、当時国内有数の産地であった知多の
    木綿に付加価値をつけてこの売ろうと新しい絞の技法(九九利染)を
    考案、木綿を阿波の藍で染め、手拭いなどにして旅人売って大流行当
    した。これが有松絞りの始まりである。
     町は、天明4年(1784)の大火でほとんどを焼失。復興に当り茅葺屋
    根から、防火を考慮した瓦葺、塗籠造りにした。現在の家並みのほと
    んどはこの時のものである。立ち並ぶ商家は切妻平入り。かつては1
    階の前面の半間の土庇の下は絞の販売のために大きく開かれていた
    が、今は格子がついている。
     商家の中でも見事な家は、井桁屋(服部家)と笹加(竹田家)である。
    井桁屋は有松における絞問屋の建築で、塗籠造り、両妻に卯達を立て、
    黒漆喰の母屋と水切り瓦を段葺きした土蔵が通り顔を向けている。
    蔵の腰は海鼠壁。竹田家は、江戸期と思われる主屋に、明治、大正に
    かけて手を加えていったものと見られる。両家共に国重要文化財。
     他にも、川村家、岡家、小塚家など元絞問屋だった商家が見られる。
    太い通りが町を断ち切り、頭上には夥しい電線が走り、美しい町並みと
    は言い切れないが、名古屋駅からも遠くなく、僅かな時間での町歩きが
    楽しめる有松である。

    :atelierM5/Ki

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