風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2008-08

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昔町百景-集落を歩く-「相倉」

   「相倉」


            もうひとつの合掌集落               富山県南砺市
            ★世界遺産/重要伝統的建造物群保存地区
            相倉の集落03・世界遺産0611-300-265


      世界に誇る合掌集落越中五箇山の名称は、加賀藩領(江戸時代)の地域
    名称で平村、上平村、利賀村の三村の総称である。相倉のある平村は富山
    県南西部に位置し、村の中央を日本海へ注ぐ庄川が北流する、日本有数の
    豪雪地帯でもある。古くは縄文時代から開け、長く富山平野と飛騨地方を結
    ぶ要所であった。古代には、天台系の山岳修験道の場として、人形山を中心
    とした地域が形成された。農業生産としての稲作は少なく、僅かな畑地での
    稗・粟や蕎麦などが栽培され、これに林業が加わる程度だった。当時の主産
    品は和紙、塩硝、養蚕で、特に和紙は冬季 を利用して生産された。 火薬の
    原料である塩硝は加賀藩の庇護により、合掌造りの建物の床下などで雑草
    などを原料に生産。養蚕は、16世紀前期には始められていた記録がある。
     山間部における養蚕は蚕の飼育に広い空間を必要としたため、合掌造り建
    物の二階以上の小屋組部分が広がるように急勾配屋根となったのではないか
    との見方もある。一般的には平家の隠れ里とも伝えられる。真偽のほどはとも
    かく、この山深い寒村を目の当たりにすると前述の歴史的事実よりむしろそち
    らに興味が傾きそうになる。それは追っ手から逃れたい一心でもなければ、何
    を好き好んでこの住むには大変そうな豪雪の里に、人々は住み着いたのか合
    点がいかない。それはともかく、村の裏手の高台から見下ろす24戸の合掌集
    落は美しい。大きな合掌集落である荻町の集落より美しくみえるのは山野との
    釣合いや適度なスケールからだろうか。傷つきながら、追手を逃れて住み着き、
    刀を鋤や鍬に代えていきたであろう兵たちの村を、今日は若いカップルが腕を
    組んで歩いていく。
     電柱など不快なものも無く、ひたすら美しい風景と堪能できる相倉だが、仔
    細に見ると現代的な構造物もあって、時代の推移も窺い知れる。


    :atelier M5/Ki

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