風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2009-04

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昔町百景 -第21回 -

「四間道」
    
         大都会の昔町         愛知県名古屋市西区
                           ★市指定町なみ保存地区

    
            shikenmiti01

      四間道は名古屋駅から徒歩15分、通勤者が往来する大通りのすぐ近く
     の堀川沿いにある。 「しけみち」とは何とも妙な名である。 名古屋城の築
     城は慶長15年(1610)に始まる。それまでの尾張の中心は清洲で、名古
     屋城完成後に清洲から武士、町人に至るまで全てが転居した。 これを
     「清洲越し」と呼ぶ。 堀川は、名古屋城と熱田港を結んだ水路で、この水
     運を利用して城下町はの物資が運ばれた。 堀川の整備事業は、福島正
     則を頭に20名の大名によって行われた。川沿いの商家の玄関は、水運の
     便を考慮した堀川に向けられ、土蔵は家の裏手に造られた。
      四間道一帯は元禄13年(1770)に大火に遭い、 1649軒の民家と15の
     社寺を焼失、再建の時に防火を考慮して裏手の道を4間巾(約7m)に拡
     張し、東側を石段で高くしてその上に蔵を建て、西側に商家を造った。 こ
     こから四間道と呼ばれるようになった。最初は妙な名前と思う人は多いが、
     単なる道路巾から付いた呼び名である。 しかし防火的町づくりの効果はな
     く、後の享保の頃の火災では、以前に増す被害が出たという。 したがって
     今残されている町並みはそれ以降の再建である。町の中心は、堀川に架
     かる五條橋、中橋の西側で、橋畔には荷揚げ場の石畳が残る。
       見所は蔵の並ぶ辺りだが、町の大きさは大したものではなく、格子の町
     屋が連続する見事さもない。 驚くのは、再開発の名のもとに何でも壊して
     しまいそうな不節操な大都会のビル街に、昔町が生き残っていることで、 
     類例は少ない。 上空から見れば、ビルの谷間の一角に時代劇のセットが
     組まれたように見えるだろう。 四間道は、屋根神様の載る民家などを見な
     がら、1時間ほどの町歩きをするには格好のオフイス街の昔町である。
     町屋を転用した喫茶店などもあるから、それも楽しめる。

                                   
                                  :atelier M5 Ki
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一樹一草

 池袋駅近くにある「自由学園明日館」。20世紀の巨匠のひとりと
いわれるフランク・ロイド・ライトによる設計。その明日館の本がバナ
ナブックスのワールドアーキテクチャーシリーズから出版されました。
サイズはいつも通り A5判 とスッキリ。
 


        jiyugakuen02.jpg

         Text :谷川正己   写真:宮本和義
         発 行:バナナブックス  価格:1600円(本体)

           
                            :atelier M5 Ki

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