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百町百景-集落を歩く-「栃木」 第7回
「栃木」
舟運の問屋町 栃木県栃木市

栃木の町の始まりは城下町である。秀吉時代の終わり頃のことだが、城下町
時代は18年だけで、以後、明治初頭までは日光の諸掛り(用品納入)の問屋
町として繁栄した。巴波川(うずまがわ)の舟運で賑わった町である。
巴波川の舟運の歴史は江戸時代初期である。川沿いには、「栃木三河岸」と
いわれる栃木河岸、片柳河岸、平柳、沼和田河岸があり非常な賑わいを見せ
ていた。かつて巴波川は、いたるところに湧水があって、それが流れに勢いを
与え、速い流れを作っていた。今も湧水が湧いている所がある。
明治には一時県庁も置かれた。栃木県は、かつては栃木県と宇都宮県があ
り、一つに統一する時に、宇都宮が県庁を取り、栃木は名前とったという話を聞
いたことがある。
大通りにも古い家は残るが、景観の美しさは何といっても。巴波川沿いである。
「横山郷土館」や「塚田記念館」の辺りは素晴らしく、記念写真のスポットである。
蔵の町だが、近代洋風建築の優れたものも多く残っていて、和洋混在の密度の
濃い町並み散策が楽しめる。
とくに西陽が白壁に映える頃の水鳥の遊ぶ川景色は抜群である。
:atelier M5/Ki
舟運の問屋町 栃木県栃木市

栃木の町の始まりは城下町である。秀吉時代の終わり頃のことだが、城下町
時代は18年だけで、以後、明治初頭までは日光の諸掛り(用品納入)の問屋
町として繁栄した。巴波川(うずまがわ)の舟運で賑わった町である。
巴波川の舟運の歴史は江戸時代初期である。川沿いには、「栃木三河岸」と
いわれる栃木河岸、片柳河岸、平柳、沼和田河岸があり非常な賑わいを見せ
ていた。かつて巴波川は、いたるところに湧水があって、それが流れに勢いを
与え、速い流れを作っていた。今も湧水が湧いている所がある。
明治には一時県庁も置かれた。栃木県は、かつては栃木県と宇都宮県があ
り、一つに統一する時に、宇都宮が県庁を取り、栃木は名前とったという話を聞
いたことがある。
大通りにも古い家は残るが、景観の美しさは何といっても。巴波川沿いである。
「横山郷土館」や「塚田記念館」の辺りは素晴らしく、記念写真のスポットである。
蔵の町だが、近代洋風建築の優れたものも多く残っていて、和洋混在の密度の
濃い町並み散策が楽しめる。
とくに西陽が白壁に映える頃の水鳥の遊ぶ川景色は抜群である。

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