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風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2018-10

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百町百景-集落を歩く- 「有松」 第9回

「有松」

    絞り染めの間の宿                 愛知県名古屋市緑区

  有松02・名古屋市0503-400-270


     有松は、慶長13年(1608)に開かれた宿場町である。
    それまでのこの辺りは、追剥ぎが多く出没する危い場所だったという。
    伊勢参りなどの旅人たちの休憩のために、尾張藩が間の宿(あいの
    しゅく)として、鳴海宿と池鯉鮒宿(知立)の間に宿場を作った。
    茶屋宿なので五十三次には入っていない。藩の奨励で、阿久比村か
    ら移住した人々の一人、竹田庄九郎が絞染めを考案、藩のバックアッ
    プもあって名産品となり、その名は全国に知られるようになった。竹田
    庄九郎は、農業の副業として、当時国内有数の産地であった知多の
    木綿に付加価値をつけてこの売ろうと新しい絞の技法(九九利染)を
    考案、木綿を阿波の藍で染め、手拭いなどにして旅人売って大流行当
    した。これが有松絞りの始まりである。
     町は、天明4年(1784)の大火でほとんどを焼失。復興に当り茅葺屋
    根から、防火を考慮した瓦葺、塗籠造りにした。現在の家並みのほと
    んどはこの時のものである。立ち並ぶ商家は切妻平入り。かつては1
    階の前面の半間の土庇の下は絞の販売のために大きく開かれていた
    が、今は格子がついている。
     商家の中でも見事な家は、井桁屋(服部家)と笹加(竹田家)である。
    井桁屋は有松における絞問屋の建築で、塗籠造り、両妻に卯達を立て、
    黒漆喰の母屋と水切り瓦を段葺きした土蔵が通り顔を向けている。
    蔵の腰は海鼠壁。竹田家は、江戸期と思われる主屋に、明治、大正に
    かけて手を加えていったものと見られる。両家共に国重要文化財。
     他にも、川村家、岡家、小塚家など元絞問屋だった商家が見られる。
    太い通りが町を断ち切り、頭上には夥しい電線が走り、美しい町並みと
    は言い切れないが、名古屋駅からも遠くなく、僅かな時間での町歩きが
    楽しめる有松である。

    :atelierM5/Ki
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