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風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2018-10

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昔町百景-集落を歩く-「青梅」 第12回

  「青梅」

          映画看板とレトロ建築の町         東京都青梅市
         blog青梅の町並み05・0612-170-320
 

    駅を降りて一歩町に出れば、懐かしい映画の看板たちが出迎えてくれ
  るが、ここに撮影所があるわけではない。近年、町おこしの企画とした登
  場した看板たちである。描いているのは、還暦を過ぎたベテラン絵師という。
    「青梅」の命名は諸説あるが、金剛寺の青梅伝説一般的である。平将門
  が自ら挿した梅に「我願い叶うなら栄え、成らぬなら枯れよ」と誓ったところ、
  梅は根付きその実は秋になっても青々としていたところから「青梅」となった
  という。
   ここは古くから狩猟生活を中心としていた集落があったという。平安期には、
  武蔵国造営のための用材地としての集落も形成された。鎌倉時代の頃から、
  土豪である三田氏が勢力を伸ばし、多摩川上流一帯を支配。三田氏は、天
  寧寺、塩船観音寺、御岳神社などの創建、再興に尽力し、北条氏照に滅ぼ
  されるまで青梅に独自の文化を築いた。江戸時代に入ると、青梅の大半は
  幕府の直活轄地となった。石灰、木材、織物などの産業が、多摩川の水運
  も味方して「江戸に最も近い産地」として活況を呈した。明治27年に、立川
  ~青梅間の鉄道が開通して近代化の幕が明けた。
   町は戦災を受けていないために、かなり古い建物が残っている。文化財で
  ある「稲葉家」のような和風建築もあるが、青梅駅を始め、写真館や床屋さん
  といった小さな洋風近代建築がかなり見受けられる。映画の看板もさることな
  がら、レトロ建築の町として再生できそうだ。
   
  青梅は、多摩川の渓谷と濃い緑の山並みに抱かれた東京の小さな町である。  
 
  
 :atelier M5/ki

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