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風まち通信

国内を旅して出会った町並みや建築、そして建築家の人たちのことなどをお伝えしていきたいと思います

2018-10

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昔町百景-近江八幡-第16回-

「近江八幡」
   
 八幡堀とヴォーリズさんと          滋賀県近江八幡市 
 okumihatimann

   ここは近江商人発祥の地である。 伊藤忠、丸紅といった大手企業も
  ここが元祖である。 やしかし、ここでデンと舗を構えて商いをしていた
  わけではなく、ほとんどは全国を行脚する行商人であった。したがって
  全国に今も残る「近江町」は、この人たちに関わる所が多いという。
  近江八幡は彼らの本邸である。近江の町は、豊臣秀次が、織田信長
  が造った安土町を模して構築した城下町である。 秀次の処刑により
  城下町としては僅か10年の命だった。その後は商人町として発展する。
  町並みは碁盤の目で、最も整っているのは新町筋である。整備された
  通りに、見事な商家が軒を並べている。家は、通りに面して店、座敷
  はその奥,さらにその奥に蔵があり、蔵は通りに面して妻側を見せる造
  りである。一段と大きな屋敷は西川邸(国重文)で、ふとんの西川の
  本宅である。
   
   この町で忘れてならない人に、宣教師建築家のW.M.ヴォーリズが
  いる。ヴォーリズは、明治38年に八幡高校の英語教師として来日した。
  海外にまで販路を伸ばしていた近江の人たちには、殊に英語教育は
  重要であった。明治~大正にかけてのこの町の人たちの英語力は全
  国でも群を抜いていたいう。しかし、キリスト教の布教に熱心になり過
  ぎたヴォーリズは、僅か2年で退校。そして明治43年に建築設計を主
  とする事務所を開設し、それは後にメンソレータムで知られる近江兄弟
  社の元となった近江ミッションへと発展した。ヴォーリズ設計の建築は
  ここに留まらず、全国に今も多く現存している。
   
   八幡城を巻く八幡堀は今も昔の姿を留め、鬼平や中村主水がふらり
  と現れそうな風景を作っている。



                            :atelierM5/Ki
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