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昔町百景 -第37回-

片雲の風に誘われて  ー異形の旅へー

「石の社殿(西郷神社本殿)」 栃木県大田原市加治屋

石の宮殿・栃木県大田原市_300西郷神社本殿  栃木県大田原市加治屋 
竣工/明治36年(1906)★市指定文化財 


石造りの社殿は珍しいが見事な彫刻が施されているのはさらに注目する。
手彫りの石造物はお金がかかり職人も減少している。

この社殿の石工名は「小松布孝 布行 敬作」。
小松布孝・布行というのは、福島県石川郡浅川福貴作の名工・小松寅吉布孝(のぶたか)、小松亀之助布行(のぶゆき)父子のこと。
小松寅吉は名工といわれた小林和平の師である。

この社殿は福島県白河市の新地山羽黒神社参道入口の寅吉の作品群と並んで明治期の石造彫刻としては全国でも指折りの傑作といえる。


写真・文 宮本和義

昔町百景 -第36回-

片雲の風に誘われて  ー異形の旅へー

「奇怪なる羅漢-江戸崎の五百羅漢-」 茨城県稲敷市江戸崎町根宿 


奇怪なる羅漢・茨城県稲敷市_300瑞祥院  / 県指定文化財


羅漢山は「羅漢山の夕日」として江戸崎八景に数えられる景勝地である。

ここの五百羅漢は豊島和七という人が盲目の兄の開眼祈祷を念じて、当時の住職と世話人の協力を得て完成させたもので、安永9年(1780)の発願から文化元年(1804)間まで24年を要した。

現存する像は493体で、石工の名前があるものは江戸・伊豆屋藤七と記された一体のみである。
全体には凡庸な容貌だが、中には奇怪ともいえる貌があって興味深い。
関東の五百羅漢では一番は埼玉県寄居町・少林寺、2番がここ、3番が有名な川越・喜多院が筆者の魅力順位である。


写真・文 宮本和義

昔町百景 -第35回-

片雲の風に誘われて  -異形の旅へ-

「 茅葺のとうもろこし倉 」(岩瀬牧場玉蜀黍貯蔵庫)  福島県須賀川市

玉蜀黍倉・須賀川市2202002_300
岩瀬牧場玉蜀黍貯蔵庫 / 福島県須賀川市 
竣工:明治13年(1880) /   市指定文化財


明治初期に宮内省御料局の開墾地として岩瀬郡鏡田村から前田川村の六軒原が開墾され、牧畜用農具や乳牛をオランダから輸入して欧州式大農経営が行われた。

この時建てられた玉蜀黍貯蔵所で、高床式、格子壁、茅葺屋根の倉庫である。
高床式であることは小動物からの害を防ぐことと湿度の安定、風通しなどを考慮してのことである。
草葺、高床倉庫は他地にも残されているが、東北では稀な存在で他に記憶がない。

ところで「玉蜀黍」の字は難しくて読めない人も多い、私も苦手である。
何故こんな面倒な文字を当てたのだろう?仮名で十分である。


写真・文 宮本和義

昔町百景 -第34回-

片雲の風に誘われて  -異形の旅へ-

「 鮭立磨崖仏 」  福島県大沼郡金山町・鮭立地区

            さけだちまがいぶつ

鮭立摩崖仏・金山町2202003_300
鮭立磨崖仏(さけだちまがいぶつ)  / 福島県大沼郡金山町・鮭立地区  / 町指定文化財


会津地方唯一の磨崖群像である。

この磨崖仏は天明の大飢饉(1782~1788/江戸時代)による悲惨な被害状況を見て止住していた修験者・法印宥尊が発願し五穀豊穣と疫病撲滅を祈って制作に着手。
後を継いだ僧・法印賢誉が完成させたといわれる。

向かって右側が古く、風化が進んでいるが残った色から完成当時の美しさが偲ばれる。
第三期層凝灰石に彫られている51体の尊像の像高は約16cm~60cmの厚肉彫りである。
奥会津の高台に潜むわくわくする魅力的な摩崖仏である。


写真・文 宮本和義

昔町百景 -第33回-

片雲の風に誘われて  -異形の旅へ-

「福島のお人形様」  福島県田村市

ooninngyousana_fukusima_tamurasi

 右/朴橋(ほうのきばし)、のお人形
 左/屋形のお人形


 「お人形さま」は村境の境界の丘上などに立ち、外からくる悪疫の侵入を防いで村を守る境界神。

正確な起源は不明だが街道沿いの三春町と船引町の五つの集落では守り神として
「お人形様」を立てる風習が昔からあり、「五人形様」と呼ばれていたという。

高さ4mもある大人形だが何といってもその面構えが魅力的である。


写真・文 宮本和義

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